
魚といえば水中で生活している生き物ですが、実は陸上でも活動できる魚が存在しています。呼吸や移動の方法を進化させて、陸でもある程度の時間を過ごせる魚が確認されているのです。
今回は、陸上で生活できる魚の種類や生態について解説します。
世界中では数十種類以上の魚が陸上生活に何らかのかたちで適応しており、呼吸法、移動法、生活スタイルを進化させ、私たちの想像を超える環境で生きています。
魚が陸に上がるようになった背景には「生き残るための選択肢」があります。
例えば、干潟や湿地、熱帯地域の水辺では水が一時的に干上がる場面が頻繁に発生しますが、その際に他の魚が死に絶えてしまう中で、水がなくても呼吸できたり、別の水場まで自力で移動できたりする魚だけが生き残れるのです。
このような極端な環境に対応するため、魚たちは「陸でも活動できる機能」を少しずつ獲得していきました。
多くの陸上適応魚が暮らす地域には共通点があります。
例えば、熱帯~亜熱帯に多く分布し、雨季と乾季の差が激しい環境では、水場が数ヶ月単位で干上がってしまうことも珍しくありません。
魚たちにとってこのような厳しい自然条件が、肺呼吸の獲得や陸上移動能力といった特殊スキルを進化させるきっかけとなったのです。
陸に適応した魚の多くは「淡水魚」や「汽水魚」ですが、それは淡水域や干潟などの不安定な環境が、海よりも圧倒的に変化が激しいからです。
海は広大で塩分濃度も比較的安定していますが、淡水域は水位が上下しやすく、水温の変化も大きいため、適応力が求められます。
海と陸の中間にある特殊な場所は「汽水域」と呼ばれ、生き物の多様性が非常に高いエリアです。
陸で暮らす能力を持つ魚のそれぞれの生態や特徴、見られる地域などをご紹介します。
ムツゴロウは有明海や八代海の干潟で有名な魚で、陸上でも活動できる代表格です。
体長は10~15cmほどで胸ビレが筋肉質に発達しており、地面を這うように移動でき、特に繁殖期のオスはジャンプしてメスにアピールする習性があり、その姿が非常に印象的です。
陸上では皮膚や口の中から酸素を吸収し、肺のような役割を果たす器官が進化しています。
目が頭の上についているのも地上での視界を確保するためで、干潟で生き抜くために全身を「陸仕様」にした進化の集大成といえる存在です。
アフリカや南米、オーストラリアに分布するハイギョは、「生きた化石」と呼ばれる存在です。
約4億年前からほとんど形を変えておらず、現代でも肺で空気呼吸ができる魚として知られています。
アフリカハイギョなどは乾季になると泥の中に潜り、粘液で作ったカプセルの中で数ヶ月~数年も休眠し、外の水がなくなっても自前の肺で酸素を取り込みながら生き延びるという驚異の能力を持っているのです。
トビハゼはインド太平洋沿岸に広く分布し、日本でも西日本の干潟で見られる魚です。
胸ビレを支点にしてピョンピョンと跳ねるように地面を移動する姿が特徴で、「干潟の忍者」と呼ばれることもあります。
ムツゴロウほど大きくなく、体長は7~10cmほど。皮膚と口腔内で空気呼吸ができるため、泥の上でも活動可能です。
また、視覚が発達しており、目玉が独立して動くため、外敵をいち早く察知できます。
熱帯アジアを中心に生息するクライミングパーチは、斜面や根元が露出した低木などに登ることがあり、歩いて水場を移動する能力が注目されています。
「ラビリンス器官」と呼ばれる特殊な構造を持ち、本格的な肺とは異なりますが空気呼吸が可能で、胸ビレと腹ビレをうまく使って地面を這い、短距離なら完全に陸上で移動できます。
アナバス属は、ラビリンス器官を使って空気を吸える魚で、東南アジアやインドに広く分布しています。
陸上での短距離移動ができ、その能力を活かし、水路が干上がったときに別の水場を目指して歩く姿も観察されています。
地域によっては「歩く魚」として親しまれており、現地では食用としても人気がある種です。
魚が陸で活動できるようになるには、単に呼吸できれば良いわけではありません。
水中と陸上では環境条件がまるで違うため、呼吸、移動、視覚、体温、水分保持など、あらゆる面で自らの身体を少しずつ変えてきました。
陸上生活最大の課題は呼吸で、水中では鰓(えら)で酸素を取り入れますが、空気中ではそれが使えません。
そこで登場するのがラビリンス器官や肺様構造で、アナバスのようなラビリンス器官を持つ魚は、口から空気を吸い込み、器官内で酸素を取り込めます。
ハイギョは本格的な肺を持ち、肺魚と呼ばれるだけあって、水中よりも空気中の酸素に頼る割合が高いです。
一方で、トビハゼやムツゴロウは皮膚呼吸にも頼っています。
皮膚を通して酸素を吸収するため、常に湿った状態を保つ必要があり、陸にいるときは泥や水辺に身体をつけているのが特徴です。
魚の移動といえば「泳ぐ」ですが、陸で生きるには「這う」「跳ねる」「歩く」といった行動が必要です。
そのため、陸上で活動する魚は骨格や筋肉のつき方が明らかに異なり、ムツゴロウやトビハゼの胸ビレは、筋肉が非常に発達していて、前足のような動きをします。
身体の下側に付き、地面をしっかり押せる構造になっているため、干潟の上でもスムーズに移動可能です。
クライミングパーチやアナバスのように完全に地上を歩ける魚は、筋肉の動きで身体をうねらせて前進し、湿った地面であれば数メートルから十数メートル程度移動することが観察されています。
水中と陸上では光の屈折や音の伝わり方が異なるため、視覚や聴覚にも変化が求められます。
例えばムツゴロウやトビハゼは目が頭の上部についており、360度に近い視野を確保でき、目が個別に動くため、周囲の変化にいち早く対応可能です。
空気中の音は水中と比べて伝わりにくいため聴覚には限界がありますが、地面の振動や空気の動きを感じる感覚器官が発達しており、外敵の接近を察知する役割を担っています。
聴覚そのものよりも「感知センサー」としての役割が重視されているのが特徴です。
魚にとって致命的なのが「乾燥」で、皮膚が乾けば呼吸もできず、細胞も機能を失うため、陸上で生きる魚は水分を保持する工夫をいくつも取り入れています。
まず、皮膚には粘液を分泌する細胞が多く、水分の蒸発を防ぎます。
特にトビハゼやムツゴロウは皮膚がツルツルしていて、常にぬめりを感じるほどで、このぬめりが彼らの命綱なのです。
さらに、ハイギョのような魚は乾燥時に自分の粘液でカプセルを作り、そこにこもって代謝を極限まで落とすエストレーション(乾眠)を行います。
水分を使わずに何ヶ月も生き延びるこの技は、乾燥地帯で生きるための究極の対策です。
水中では泳いで逃げたり、小魚を素早く追いかけて食べたりしますが、陸上ではそうはいかず、動きも視界も限られる中、独自の行動パターンを持っています。
例えば、ムツゴロウやトビハゼは陸上で小型昆虫や微生物を捕まえて食べ、逆に敵に見つかったときには一気にジャンプして水辺へ逃げるという「瞬発型」の逃避行動をとるのです。
また、アナバスは植物の影や岩陰にじっと潜み、湿気の多い時間帯に移動します。
無駄な動きをせず、最低限のエネルギーで生き延びる戦略にも陸上における知恵のひとつです。
自然界には常識をくつがえすような生き物がたくさんいます。
「必ず水の中で泳いでいる」という常識を持たれる魚が陸上でも動き、呼吸をして暮らせるというのもその代表例です。
もしも川や海、干潟や湿地に行ったとき、小さな魚が地面を跳ねていたら、ぜひ足を止めて観察してみて下さいね!